山野草さがし散策・過去録写真館
ちょっぴり辛いもの好きな管理者です。 時々、味噌汁に辛い青いとうがらしを刻んで入れると、 ピリッと引き締まり旨いよ。 |
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Ⅱ | |||
奥津第二発電所 広島編 苫田ダム・奥津湖で「2013鏡野町大納涼祭」 鳥取砂丘・こんな漂流物が |
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桜の名勝地「津山城跡・鶴山公園」 模擬天守閣の展示期間は 2013/8/2(金)~2013/8/18(日) 所在地 岡山県津山市山下135 2013/8/6 |
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津山市田町付近からの眺め 初代津山藩主・森 忠政が慶長9(1604)年から10年以上の歳月を費やして津山城を築き上げたが明治政府の廃城令で取り壊されて140年が立つ。 美作国建国1300年記念プロジェクトとして津山城跡の天守台に五層構造の外観、模擬天守閣が出現している。 模擬天守閣は津山青年会議所(Junior Chamber )のメンバーや ボランティアの方たちによって色塗りなどがされ、建設会社が現地組み立て 工事をされた。往時を誇っていた天守閣の2分の1の大きさで模擬天守閣が再現模擬天守閣は高さ9m 縦横10m 骨組みは木材で、 木材に畳大の発泡スチロール約400枚を貼り付けた構造。 |
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駐車場前に池があり、左手に津山文化センターあり。 津山城跡のケヤキなどの大樹が伐採され、神代曙(ジンダイアケボノ)と云われる 桜が植栽されており、以前とは様変わりしている。 桜の名勝にするのであろう。 |
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津山城跡上から見た池、津山文化センター、市内の建物 | |||
森 忠政 一五七〇~一六三四 幼名を千丸。元亀元年、美濃(岐阜県)金山城に生まれる。京都本能寺の変で、 織田信長を守護し、 悲運の最期を遂げた森蘭丸の弟。天正一二年(一五八四) 兄 長可の戦死後家督継ぎ、 豊臣秀吉に仕えて金山七万石を与えられる。 のち徳川家康に仕え、慶長五年(一六〇〇)信濃(長野県)川中島一三万七〇〇〇石を領す。 同八年美作国一円一八万六五〇〇石を与えられ津山に入封。翌九年より津山城の築城に着手、 また城下の町づくりを始め、現在の津山の基をなした。寛永一一年(一六三四)三代将軍家光に 随伴して津山より上京するが、食傷により急死す。享年六五才。 なお、この像は、津山市小田中、森家の菩提寺本源寺にある木像を基としたものである。 |
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津山城跡に忍道ラリーと銘打ってあちこちに、勝田郡奈義町出身の漫画家の 作品 「ナルト」のキャラクターたちが置かれ出迎えてくれる。 |
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140年前、明治6(1873)年の廃城令によって天守や数多くあった櫓などの 建物が取り壊されて石垣だけが残された。 石垣台の数からして、たくさんの建物があったろうに、壊すだけでも多くの人の 労力を必要としたであろう。 |
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備中櫓 備中櫓は本丸御殿の南西端に位置し、その名は鳥取城主池田備中守長幸に 由来すると伝えられる。 |
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お知らせ 模擬天守閣展示中につき、天守閣跡には上れません。 展示期間 8月2日~8月18日 |
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備中櫓から見た模擬天守閣 | |||
写真左手に天満屋アルネ津山店があり、津山市街地が広がる。 | 裏鉄門 | ||
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